アセッサー養成講座の「インバスケット演習編」第1回となります。
今回は、インバスケット演習の概要と、「インバスケット案件処理演習」からどのように思考面の能力を評価していくのかについて解説していきます。

まず、ヒューマンアセスメントでは思考面のスタイル(様式)やスキル(能力)を評価するため、以下のような演習を実施しています。

1.ケーススタディ 条件に見合った答えを導いて所定の用紙に記述します

  • インバスケット案件処理演習:日常レベルの問題解決を行います。
  • インバスケット方針立案演習:2?3年先を見通し、組織の目標や方針を考えます。
  • ビジョン構想演習/経営戦略策定演習:5?10年先を展望し、将来ビジョン(組織の大変革)を策定する場合や、3?5年先を展望し、成功に導く戦略を立案する場合などがあります。
  • 経営改善・経営改革提言演習:経営コンサルタントになって、企業から情報を収集したうえで、経営改善の提案を行います。
ケーススタディの例

2.論文 あるテーマについて自由に記述します

ケーススタディ一定の制約の中で答えを導きます
・正解はないが、模範解、妥当解はある
・思考のスタイルにとどまらず、思考のスキルが見られる
論文制約がない中で自由に考えを書きます
・正解はなし、模範解、妥当解もなし
・思いやガッツが見られるが、思考のスキルは見づらくなる
ケーススタディと論文の違い

一般のヒューマンアセスメントでは、「ケーススタディ」による評価が中心となります。

インバスケット演習とは

インバスケット演習は、ヒューマンアセスメントで思考面を見るために、最も活用されている演習です。「インバスケット演習を制する者はアセスメントを制する」と言われ、インバスケット演習を克服するための準備や訓練をしっかりと行ってくる受講者は少なくありません。インバスケット演習は、組織の責任者(意思決定者)となり、以下2つの演習を行います。

1.インバスケット案件処理演習
組織が日常的に直面する問題の処理(15?20件)を120分程度で行います。
問題を解決する力、人に指示を出して仕事を動かす力が求められます。

2.インバスケット方針立案演習
2?3年先を見通し、60?90分程度で組織の向かう方向性を打ち出すともに、戦略や課題を設定します。
未来を予想する力、チャンスを見出す力、構想としてまとめる力が求められます。

2つの演習を実施することで、思考面全般に関する情報を引き出すことが出来ます。
「現実思考」「理想思考」「創造思考」「論理思考」などです。

インバスケット案件処理演習

場面設定

上述したとおり、インバスケット案件処理演習は、組織が日常的に直面する問題の処理を行います。換言すると、「場面を設定して考え方行動の仕方を問うもの」ということがいえます。15?20件の場面に対する対応が見られます。

S 状況T 意図A 考え・行動R 結果・効果
クレーム
トラブル
部下からの相談
上司の命令
他部署からの依頼
インバスケット案件処理演習でのSTARコンセプト
  1. 仕事の優先順位付け
    どの問題を優先して処理しているか?どの案件に力を注いでいたか?
  2. 価値判断基軸
    何を基準に判断を下していたか?
  3. 問題解決のスキルレベル
    問題の捉え方、本質や全体像の把握、解決策の有効性、解決策の実効性など
  4. 業務遂行管理のスキルレベル
    人への指示の出し方、組織の活用の仕方、リスクの見極め、期待成果獲得の精度など

インバスケット案件処理演習では、受講者の仕事スタイル、個人的な特性、様々な能力を見極めるために、多様な場面を設定することが求められます。

発信者内容求められること
部下悩みの打ち明け共感、助言
上司課題の提示遂行、達成
他部署困りごと、協力依頼援助、協力
顧客クレーム解決、謝罪、関係維持
本部目標必達戦術立案
部下業務上のトラブル解決、再発防止
上司期首方針案の提出目標設定、意思表明
利害関係者連携提案戦略的連携
インバスケット案件処理演習の場面設定

見えてくる仕事スタイル

仕事のスタイルは千差万別ですが、大雑把に括ると、以下のようなスタイルに分かれます。

1.素早く捌く
とにかく素早く捌く。自分に案件を残さない。担当者・担当組織に振って仕事を進めていく。やっていることは「手配師」。他力本願のやり方、思考力は低い。

2.テキパキと解決する
様々な制約の中で「ベター」な解決方法を瞬時に見つけていく。知識は豊富、頭の回転も速い。その場でのアイデアも次々と出てくる。仕事は出来るが短期成果までとなる。

3.じっくりと時間をかけて考える
一つひとつの案件の解決に十分な時間をかける。情報を広く集める、様々な可能性を考える、「ベスト」な解決策を模索していく。スピードは遅い。仕事は捗らない。

4.思いどおりに動かす
「あれやれ」「これやれ」と指示が細かい。自分の価値観、やり方を押し付けてくる。成果へのこだわりは強い。自分の監視下で仕事を進めたい。自己中心となる。

5.人の指揮や気分を高揚させて人を動かす
人へのこだわりは強い。ただし、成果へのこだわりは薄い。人のやる気を高め、人を使って仕事を進めていく。ソリューションは出ず、精神論が並ぶ。

6.改善や改革を行う
問題の解決、原状への復帰にとどまらない。問題をきっかけに、「こうあったらよい」という理想を掲げ、業務改革や改善を行う。深く精査するよりも、未来を作っていく。

同じ状況に遭遇しても、「T(意図)」「A(行動)」は人によって異なる

同じ状況に遭遇しても、同じ問題に遭遇しても、何を問題視し、何を目指し、何を行うかは人によって全く異なります
例えば、とあるキャンペーンの影響で、顧客からの強いクレームが来た場面で取る行動は、以下のように分かれます。

  1. 反応行動(謝罪)
    詫びに行く、上席を連れて詫びに行って誠意を見せる
  2. 確認で思考停止
    事実確認をせよ、正確な状況把握をせよと指示を行う
  3. 当座策を即座に打つ
    即刻返金せよ、当該キャンペーンに関する注意を周知せよと指示を行う
  4. 抜本策を即座に打つ
    次回からは、キャンペーンの企画に関しては「本部」に助言をもらうように指示を行う
  5. 変革行動に打って出る
    もう安売りのキャンペーンはやめよう、これからは新たな生活スタイルを提案するキャンペーンにしよう、などと提案する

T(意図)をしっかりと見極めることで、どこまで先を考えたか?どこまで深く考えたか?といった思考の範囲を掴むことが出来ます。

問題解決力のレベル内容
無策何もしない、情報収集のみ
当座策精神論しか出ない、丸投げしている
当座策を自分で打ち出す 目先のことまで
抜本策抜本策を求める、抜本策への意識はあるが答えを出せない
抜本策を自分で打ち出す
新価値創造原状復帰にとどまらず、新しい仕組みを考案する
すべてを総合的に行う
問題解決力のレベル感

また、指示文の書き方を見る時には、具体的な中身に入る前に、どんなトーンで書いているか、表層面をチェックします。

  1. 総じて文章が短い
    必要最低限のことをする、やや淡白、余計なことはしない
  2. あいさつ文、前置きが長い
    人間関係を大事にしている、単刀直入に言えない
  3. 箇条書きが多い
    文章にするのが億劫、文章化(論理構築)が苦手、配慮にも乏しい
  4. 厳格な文章「?すること」一方的指示
    統制しようとする意識が強い、思い通りに遂行、寛容さはない、育成視点も弱くなる
  5. 不明瞭、伝わらない、冗長
    思考が感覚的、書いているうちに「次のこと」が思い浮かぶ、結果まとまりのない文章となる

また、受講者の指示の出し方も様々です。どうやって人や組織を動かしていくか、そのスタイルやスキルが見られます。

  1. 指示が出ない
    自分で抱えてしまって指示が出ない。人に任せられない。自分で十分に納得していないので、仕事を次の段階に進められない。
  2. 人に振る
    人に振って仕事を進めていく。自分の手元から切り離していく。仕事を捌く。コントロールが利いていないため、思がけない判断や行動に悩まされる。
  3. 間違えなく仕事が動くように細かな指示を出す
    「進め方」「期待成果の水準」などを細かく指示し、期待成果を担保する。先の先まで読み、想定外が起きたときの対策まで準備をしておく。
  4. 人の動機づけや育成を意識した指示を出す
    自分の考えややり方を押し付けず、成果を導くうえで「絶対譲れない部分」のみしっかりと指示を行う。基本的には「自主性」を引き出そうとしている。「統制」と「育成」のバランスを考えている。
  5. 人や組織の有効活用を考えて仕事を進める
    各組織の機能、各人の専門性や強みを活用しようとしている。誰に任すか、どの組織に委ねるか、最も効果が出そうなやり方を考えている。

A(行動・指示)のR(結果・効果)を的確に見極める。

能力の評価においては、アセッサーの鑑識眼がきわめて重要です。受講者の解答を読み、「良い、悪い」「効果がある、ない」「魅力がある、ない」といったものを見極める眼です。特に昇格のかかったヒューマンアセスメントでは、受講者は必死です。たとえわからなくても、もっともらしいことを書いて自分の能力を評価してもらおうとします。アセッサーは、受講者の書いた報告書(A)を読んで、R(結果・効果)の程度を評価しなくてはなりません。

報告書を読む⇒内容を解釈する⇒特性を見極める⇒スキルを評価する

(例)この解決策では効果が薄い。一部にしか対応できていない。
(例)この指示では現場が混乱してしまう。後先が整理できていない。

こういったことができないといけません。アセッサーは十分にケースを読み込み、鑑識眼を磨いておく必要があります。アセッサーは高い思考力が必要ですが、経験の浅いアセッサーはケースの作成者から作成の意図を聞いたり、過去の優秀解答を見たり、十分な準備が必要です。

また、本人は必死で力強く「解決策」「対応策」を打ち出しているのに、下記のように効果が伴わない解答も少なくありません。まさに、アセッサーの鑑識眼が問われるときです。

1.かなり具体的な解決策を打ち出しているが、局所最適の問題解決となっている
例えば、クレームであれば、「返金するか否か」といった目先の事項に意識が奪われてしまい、かなり踏み込んだ指示を出しているものの、「局所を掘り下げたもの」となってしまっている場合などです。本当に解決すべき問題に着眼できているかのチェックが必要です。

2.ピントがずれた問題解決となっている
これも同様、問題構造が押さえられず、本質と異なったところを問題として捉えてしまっている。例えば、クレームであれば、クレームの内容を間違ってしまう場合などです。「早合点」「関連情報の把握漏れ」などが要因として考えられます。

3.独り善がりの問題解決となっている
情報は関連情報も含めて正しく読解できているが、解釈の段階で「自分の価値観」が入ってしまい、問題認識が大きくずれてしまうこともあります。例えば、クレームの事案を読んでも、「これはクレーマーだろう」という解釈のもと、誠意のない対応をしてしまう場合などです。

4.非常に意欲的な文章ではあるが、問題解決に向かわない
こういったクレームを受けたということは、教育制度や組織風土が良くない。これからは、断固組織改編を行いたい。「顧客第一」という価値観を隅々まで浸透させていきたい。これからは「プロダクトアウト」の考え方は通用しなくなる。というような一般論・精神論が続いて、問題解決に向かわない場合などです。

意思決定を通じて「価値判断基軸」が見えてくる

受講者は、案件の解決において様々な判断や決断が求められます。そのとき、「何を重視して決めたのか」を見極めることが大切です。

  1. クレーム時において返金するか否か
    顧客の期待を優先するか?社会的な正しさを優先するか?組織の利益を優先するか?
  2. 地元商店街のイベントで協賛金を支払うか否か
    社会への貢献を優先するか?組織の利益を優先するか?費用対効果を優先するか?
  3. 部下の異動希望を認めるか
    人の気持ちを優先するか?組織の秩序を優先するか?組織の成果を優先するか?
  4. 店舗の増床をするか否か
    チャンスを掴むことを優先するか?安全な業務遂行を優先するか?
  5. イベントを中止するか否か
    顧客との約束を優先するか?組織の利益を優先するか?十分な準備を優先するか?
  6. 大口顧客に対して大幅値引きをするか否か
    目先の成果を優先するか?長期的な競争力を優先するか?収益率を優先するか?
  7. 理不尽な要請を断るか、受け入れるか
    道理を優先するか?人を助けることを優先するか?人間関係の維持を優先するか?

アセッサーの重要なスタンス「普通を知る」

アセッサーは、受講者の特性を見極めていきますが、このとき大切なことは、「普通の人であればこうするであろう」という「普通の状態」を基準として持っていることです。様々な演習で様々な思考・判断・行動が表れてきます。その中から、「特徴」を見極めるには、「普通でないもの」を抽出し、整理・統合し、「傾向」としてまとめていく必要があります。

したがって、前述した「組織感覚」がない人は、アセッサーとして活躍するのはかなり難しいと思います。例えば、芸能人、アスリート、学者などの人は、「組織人として普通の行動」が分からないのではないかと思います。普通の会社でのマネジメント経験があったほうが、アセスメント技術の習得はスムーズです。私は、金融機関の融資担当者など、多くの人と接し、人の腹を読むことが出来る人はアセッサーに向いていると思っています。

特徴の見極め方:普通と違う点に注目

  • 物の見方
  • 考え方
  • 判断の仕方
  • 行動の仕方

普通と異なるところ炙り出します。次にどう違うか、何故違うかを考えます。

次回に向けて

今回は、インバスケット演習の中でも、「インバスケット案件処理演習」からどのように思考面の能力を評価していくのかについて解説しました。次回は、「インバスケット案件処理演習」のまとめと、インバスケット演習にまつわる様々な情報を紹介していきたいと思います。